いつもなら、こういうときは彼女の自称保護者が「仕方がないな」と苦笑しながら彼女の小さい身体を抱き上げ部屋まで運んでいくのだが、彼はここにはいない。おそらく冥王と共にサイラーグにいるのだろう。

ガウリイが人質にされた理由……リナに冥王は何をさせたいのか。
セイルーンから旅に同行しているアメリアとは違い、ゼルガディスは二人と共に魔王に立ち向かった身だ。リナも彼も口に出して言ったことはないが、それが示すことはよくわかっていた。
そして、形ばかりは一度反対して見せたが、それがわかった上でガウリイ救出に向かうことは、ゼルガディスも異存はないことだった。

それなのに、リナはゼルガディスとアメリアと別行動を取り、単独でサイラーグに向かうと宣言したのだ。

道中、まだ冥王からの妨害はないが、その代わりに魔竜王ガーヴの残党がら狙われている。
危険すぎる提案に、ゼルガディスもアメリアも本気で反対した。しかし、彼女はこういったのだ。
「あたしの考えどおりなら、少なくともサイラーグに付くまではあたしは無事よ。
　それに、あんた達に先に行って貰った方が、色々都合がいいのよ」
リナは最期まで、その考えの根拠を明かさなかったが、彼女は重大なことを当てずっぽうで行動するような人間ではない。
渋々だったが、ゼルガディスとアメリアはリナの案を呑むことになり、最後の夜ということで久々にリナは豪勢に食べ、酒を飲みそして潰れたというわけだ。

空元気だということはわかっていた。

人質に取られているのは、リナが相棒として背中を預けていた男だ。
二人の間に男女としての感情がどれほど育っていたかまではゼルガディスにはわからなかったが、ガウリイがリナのことを被保護者として大切にしてきたことは、そしてリナが土ではなんだかんだ言いながらガウリイに対して絶対の信頼を寄せていたことはゼルディスにもわかっていた。

彼女が、ガウリイがさらわれた次の日、目のふちを微かに腫らしていたことも。

アメリアは明日の出立が早いこともあって、すでに部屋に下がっていた。
卓を離れるときに、
「ガウリイさんがいないからって、リナ似手を出しちゃだめでよ」
とからかい半分に言われて、思わず酒を噴出しそうになってしまった。
リナはすでに出来上がっていたので、耳に入っていないようだったが。

さて、どうしようかとゼルガディスは腕を組んだ。

男だったら自業自得だとこのまま隅にでも転がしておくが、流石に女の子相手にそんなことするわけにも行かない。
かといって、ガウリイのように彼女を部屋に運んでいくのも気がひけた。
ここで勝手に彼女に触れるのは、酷い裏切りのような気がするのだ。

仕方がないリナを起こそうと肩に手を伸ばそうとしたとき、リナが寝返りをうった。
髪で隠れていた顔が見え、赤く染まった目元が見えた。
「……ガウリイ……」
眼のふちに涙をため、彼女はいない男の名を呼んでいた。
ついぞ見たことのないリナの様子に、ゼルガディスは動揺し固まってしまった。
これでは、揺すり起こすことも出来ない。

仕方がない、アメリアを呼んでリナを部屋に連れて行ってもらうしかないだろう。
半分しか動かない頭で、ゼルガィスがどうにか考えをまとめてあげたとき、リナの頭が動いた。

「あれ？　ゼル？」
眼をこすりながら、年齢よりも幼く見える仕草で、彼女はあたりを見渡していた。
ゼルガディスはほうっ吐息をつく。
「リナ。お前は明日から別行動だろう。さっさと自分の部屋で寝ろ」
早口でゼルガディスは捲し立てると、酔い覚ましにリナに水をいっぱい飲ませ、部屋まで強引に送った。
リナも水を飲ませると、少しは酔いがさめたのか、ゼルガディスに従い大人しく部屋まで戻ったのだ。

すでに明日の行動は打ち合わせてある。
ゼルガディスとアメリアは、リナを待たずに早朝宿を立つ予定だ。
だから、明日はリナと顔を合わせることはない。

リナを部屋に押し込んだ後、彼自身も自分の部屋に戻り、ゼルガディスは自分がなぜだかほっとしていることに気が付いた。

リナはたしかに仲間ではあるが、そんなことを考えるような関係ではない。
大体、出会ったときには彼女の隣にはガウリイがいたのだ。

説明の付かない状況に、しばらくゼルガディスは眠ることが出来ずに、次の日アメリアにからかわれる事になったのだった。