そんな場所に着いたのが日が暮れてからで、まだ泊まれる宿があっただけでもましなのかもしれないけど……

「……はいよ」
愛想のカケラもないおばちゃんから渡された鍵には、うっすら錆が浮き出ていた。

廊下も不潔ではないが、所々くぼんでいたりひびが入ったりしていて、歩くたびにぎしぎし音がする。
夕飯はもう出せないといわれたが、それは済ませてきている。
何件かの宿に断られた後、日も完全に暮れているし、ちょっと肌寒いし、お腹もすいてきたし、そんなところに身美味しそうな匂いが目の前の食堂から漂ってきたら、思わず入ってしまうのが人間というものである。
入った食堂が大当たりで安いし、早いしで、思わずおかわりを連発したら、女将さんに気に入られておまけして貰えた。
この宿を教えてくれたのも女将さんである。
「どんな時期だろうと絶対に空き部屋があるから大丈夫だよ」と女将さんは自信たっぷりに言っていたけど、確かにこんな場所、他に宿がないという状況でもない限り泊まりたいとは思わない。

隙間風の入る窓も、清潔だが肌触りの良くない硬いベッドも、やっぱりゆがんでいる床も不愉快だった。
風呂に限っては、水といったほうが近い温度で、仕方ないんで最小に威力を絞ったフレアアローであっためたくらいである。

不満を消する手段は仕入れている。

あとは、相棒……ガウリイが寝てくれるのも待つだけ。

じっと、ベッドの上で物音を立てないで待っていた。
もうそろそろガウリイも寝たはずであると、壁に耳をつけて隣の様子を伺うと

「リナ今日ぐらいは盗賊いじめに行かないで大人しくしていろよ」

おそらく、この壁の反対側にいるのだろう。寝起きではないしっかりとしたガウリイの声が聞こえた。
「ス、スリ……」
とっさに、スリーピングをかけようとしてやめた。

これは、出会い頭。もしくは不意打ちにかける効果のある魔法で、多分今ガウリイに呪文をかけても避けられて効かない恐れがある。
それに、それでは盗賊いじめに行こうとしたことを、認めるようで面白くない。

「い、行かないわよ！」

あたしは、壁に向かって怒鳴ると毛布をかぶった。

ガウリイの苦笑する声が聞こえた気がした。